カーボンニュートラル実現へグリーン成長戦略、脱炭素の新時代は到来するか【エネルギー自由化コラム】
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政府の成長戦略会議(議長・加藤勝信官房長官)は、菅義偉首相が打ち出した2050年の温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)実現に向け、グリーン成長戦略を示しました。菅首相の指示を受け、経済産業省がまとめたもので、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、あらゆる政策を総動員してカーボンニュートラルを実現するとしています。状況に応じて改訂を進め、6月にまとめる政府の成長戦略に組み込む予定です。
電源構成は参考値で再エネ50~60%に
「地球温暖化対策の推進を経済成長の好機ととらえ、経済と環境の好循環を作りたい。実行は並大抵の努力では難しいが、前向きに挑戦する企業を応援していきたい」。東京都内の首相官邸で開かれた政府の成長戦略会議で、梶山弘志経済産業相はグリーン成長戦略の狙いをこう説明しました。
グリーン成長戦略は2050年のカーボンニュートラル実現に向かう中、成長が期待できる14の産業分野を設定し、課題や工程表などを盛り込んだ実行計画をまとめています。策定に当たっては経産省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会での議論を踏まえ、環境省や国土交通省、農林水産省など関係省庁の協力を得ました。
成長戦略の前提として2050年の電力需要を現状比30~50%増の約1兆3,000億~約1兆5,000億キロワット時と試算しました。そのうえで、電源構成を再エネ50~60%、原子力と二酸化炭素回収を前提とした火力30~40%、水素・アンモニア発電10%程度とする参考値を示しています。
洋上風力3,000万~4,500万キロワット、水素は2,000万トン
14の産業分野では、洋上風力発電について2040年に3,000万~4,500万キロワット導入するとともに、直流送電の具体的な検討に入る方針を明らかにしました。燃料アンモニアは2030年に向けて20%混焼の実証実験を3年間進め、調達サプライチェーンの構築で2050年に1億トン規模を目指すとしています。
水素は導入量を2030年で最大300万トン、2050年で2,000万トン程度に拡大すると同時に、コストを1ノルマル立方メートル当たり20円以下まで引き下げることを目標としました。原子力は小型炉の国際連携プロジェクトに日本企業が主要プレーヤーとして参加することなどを打ち出しています。
自動車・蓄電池では、遅くとも2030年代半ばまでに乗用車の新車販売を電動車100%とし、2030年までのできるだけ早い時期に電動車とガソリン車の経済性が同等となる車載用電池パックの価格を1万円以下にするとしました。
新市場を開拓できる次世代型太陽光発電も積極導入
半導体・情報通信では、データセンターが使用する電力の一部再エネ化義務づけを検討し、2040年に半導体・情報通信産業のカーボンニュートラルを目指します。船舶は液化天然ガス航行船の二酸化炭素削減率86%を達成し、再生メタンの活用で実質ゼロに向けて努力します。
物流や土木インフラは海外からの次世代エネルギー資源獲得に貢献できる港湾整備の推進、食料・農林水産業は地産地消型エネルギーシステム構築に向けた規制見直しの検討、航空機は2035年以降の水素航空機本格導入を見据えた水素供給に関するインフラやサプライチェーンの検討を掲げました。
カーボンリサイクルは2050年の世界の二酸化炭素分離回収市場でシェア3割を目指します。このほか、ビル壁面など新市場の獲得を期待できる次世代型太陽光発電の推進、廃棄物発電の高効率化、J-クレジット制度などの申請手続き電子化を盛り込んでいます。
民間投資呼び込む税制改革に2兆円規模の基金創設
こうした施策の実現に向け、政策金融との連携も含めて金融機関の協力体制を構築し、240兆円といわれる企業の預貯金を投資に振り向ける努力を進めるとしました。税制では10年間で1兆7,000億円の民間投資創出を見込む投資促進税制を創設します。
さらに、2兆円規模のグリーンイノベーション基金を創設するのを呼び水とし、企業の研究開発、設備投資を15兆円誘発したい意向も示しています。
梶山経産相は「戦略に基づけば、機械的な試算ではあるが、2030年に年額90兆円、2050年に190兆円程度の経済効果が見込まれる」と胸を張りました。これに対し、委員からは「日本が世界水準よりかなり遅れていることを認識すべき」「実効ある戦略とするには、切れ目のない施策の展開が必要」などの声が出ました。
トヨタ社長は政府の性急な動きに懸念表明
菅首相は2050年のカーボンニュートラルを政権浮揚の策と位置づけ、2021年通常国会の施政方針演説で「環境対策は経済の制約ではなく、社会経済を大きく変革し、力強い成長を促す鍵となる。グリーン成長戦略で経済効果と新たな雇用を生み出し、世界に先駆けて脱炭素社会を実現する」と意気込みを語りました。
これまで自民党政権が経済優先だとして対立することが多かった環境保護団体の中には、菅首相の姿勢に一定の評価を示す声も出ましたが、経済界からは戸惑いや反発の声が聞こえてきます。
日本自動車工業会会長の豊田章男トヨタ自動車社長は2020年末、オンライン記者会見で2030年代に新車のガソリン車をなくす政府の方針に「国のエネルギー政策の大転換なしに達成は難しく、自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう可能性がある」と懸念を示しました。
企業の過半数が「達成困難」「達成できない」
民間信用調査機関の帝国データバンクが2020年12月~2021年1月に全国約1万1,500社を対象に実施した温室効果ガス排出抑制に関する企業の意識調査でも、82.6%の企業が「排出抑制に取り組んでいる」と答えた一方、2050年のカーボンニュートラルについては43.4%が「達成困難」、17.9%が「達成できない」と否定的な見方を示しました。
これに対し、「現在の取り組みで達成可能」と答えたのはわずか2.5%、「今以上の取り組みで達成可能」は13.3%。達成可能と前向きに受け止めている企業は15.8%にとどまり、「達成困難」と「達成できない」を合わせた61.3%を大きく下回っています。
静岡県の精密機器メーカーは「概要だけで具体策が見えない」、群馬県の電気工事業者は「適正なガイドラインが必要でないか」、高知県の建設会社は「技術革新が不可欠で、政府が資金面でバックアップする必要がある」と指摘しました。
帝国データバンク産業データ分析課は「政府がいきなり遠い先の目標を打ち出したため、企業側が戸惑っているのではないか」とみています。
出典:帝国データバンク「温室効果ガス排出抑制に対する企業の意識調査
エネルギー政策の転換と具体的な道筋の提示も政府の役割
カーボンニュートラルの達成には、大規模な投資とコスト低減の努力が欠かせません。これらは非常に高い壁で、下手をすると特定の業界がしわ寄せを受け、競争力を失うことにもなりかねないでしょう。政府は大胆なエネルギー政策の転換を示すとともに、具体的な道筋をより分かりやすく経済界に示すことが求められています。
さらに、原子力の活用についても議論を避けて通れません。再エネを中核に位置づけながら、電力不足や電力料金の高騰を招かいない仕組みを2020年秋から審議が始まったエネルギー基本計画の中でどう構築していくのか、菅政権にとって正念場になりそうです。
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