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遅れる水素インフラの整備、水素社会の実現へ大きな壁に【エネルギー自由化コラム】

電力自由化ニュース

水素は発熱量が炭素の約2.5倍あり、二酸化炭素を排出しないため、クリーンな次世代燃料のひとつとして注目されています。ただし水素を供給するためのインフラ整備に課題が多く、普及が遅れています。国内の現状とともに、インフラ整備の普及のための課題について解説します。

政府が2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)に向け、グリーン成長戦略を打ち出して1年が経ちました。柱の1つに位置づけられたのが、「究極のクリーンエネルギー」と呼ばれる水素ですが、水素社会の実現に必要なインフラの整備は遅れています。このままでは水素普及の足を引っ張ることにもなりかねません。

企業が赤字覚悟で水素ステーション整備

大阪市城東区森之宮のイワタニ水素ステーション大阪森之宮。インフラ整備をどう進めるかが水素社会実現の鍵を握る(筆者撮影)

大阪城が目の前にある大阪市城東区森之宮のイワタニ水素ステーション大阪森之宮。大阪市の中心部を東西に貫く幹線道路の中央大通沿いにあり、1時間あたり300ノルマル立方メートル以上の供給能力を持ちます。しかし、平日の昼時に1時間ほど様子を眺めてみても、水素充填に訪れる車は1台もやってきませんでした。

近くのコンビニエンスストアで住民に話を聞くと「たまに水素を充填する車を見るけど、普段はガラガラやね。あんなんで商売が成り立つのやろか」と首をひねっていました。

施設を運営する岩谷産業は「燃料電池車の普及が遅れ、水素ステーションの経営環境は厳しい」と渋い口調。岩谷産業は全国で50カ所余りの水素ステーションを運営する業界大手ですが、利用者で活気づく水素ステーションは限られています。水素の普及に向け、赤字覚悟で整備を進めているのが実情のようです。

愛媛など12県は未開設、関東と東海に偏在

燃料電池実用化推進協議会によると、全国で開業している水素ステーションは8月現在で155カ所を数えます。政府が掲げてきた2020年までに160カ所整備の目標を1年遅れて達成しつつある状況です。

政府が水素ステーション整備費の2分の1から3分の2を助成する一方、岩谷産業とENEOSのエネルギー大手2社が牽引役になって徐々に拡大していますが、営業中の施設の3分の2は関東と東海地方に集中しています。

水素ステーションが1つもない都道府県が秋田、石川、島根、愛媛、宮崎など12県。新潟、栃木、富山、岡山、熊本など16県は1カ所しかありません。経済産業省は2025年に900カ所程度必要とみていますから、よほどペースを上げないと追いつきそうもないのです。

燃料電池車の販売低迷もステーション整備の足かせに

水素ステーションが増えないのには、いくつかの理由があります。1つは標準的な施設で整備費用が4~5億円もかかることです。2013年の実績5.1億円よりわずかに下がっていますが、政府目標の2億円に程遠いのが現状で、同じ規模のガソリンスタンドの1億円を大きく上回っています。しかも、運営費が年間約4,000万円かかります。

水素を燃料に使う燃料電池車の普及が進まないことも影響しています。政府は2020年までに4万台の普及を目指してきましたが、次世代自動車振興センターのまとめでは、2020年度末までの国内保有台数は約5,000台にとどまっています。

経産省によると、燃料電池車はハイブリッド車に比べ、ざっと300万円も高額です。普及が進まない最大の原因はこの価格ですが、身近に水素の充填場所が少ないことも足かせになっているようです。関西のトヨタ自動車系販売会社は「水素ステーションがない地域で販売は難しい」と頭を痛めています。

根亮電池車の保有台数

出典:次世代自動車振興センター資料から筆者作成

二酸化炭素排出せず、多種多様な利用に期待

水素は地球上でもっとも軽い無色無臭の気体です。石油、石炭などの化石燃料だけでなく、水の電気分解や熱化学分解で作ることができます。燃やしても水になるだけで、二酸化炭素を排出しません。しかも、1キロあたりの発熱量は炭素の約2.5倍に当たる約3万キロカロリー。このため、脱炭素社会に向けた究極のクリーンエネルギーとして注目を集めています。

燃料電池車や宇宙ロケットの燃料として使用されているほか、家庭用燃料電池(エネファーム)は都市ガスや液化石油ガスから水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて発電しています。燃料以外では石油精製で原油中の硫黄分を取り除く脱硫用、石油化学製品の添加剤に使われるほか、曇りのないガラスの焼成、樹脂生成の還元剤にも利用されています。

更に、将来は船や列車、火力発電所の燃料、都市ガスの代替品として期待される二酸化炭素を混ぜたカーボンニュートラルの合成メタンなどに利用が期待されています。

グリーン成長戦略で主役の1つに

政府は2014年、水素社会実現に向けた目標を定める水素・燃料電池戦略ロードマップ、2017年に水素基本戦略を世界に先駆けて策定しました。2018年の第5次エネルギー基本計画、2020年のグリーン成長戦略でも、水素は次世代燃料の主役の1つに位置づけられています。

日本経済は長い間、衰退に歯止めをかけられない状態です。そんな中で政府が水素に注目したのは、水素研究で日本が世界に先行していたからです。日本の産業界で国際競争力を維持し続けている自動車業界で、トヨタ自動車や本田技研工業が水素を使う燃料電池車に力を入れていることも、政府を後押ししたといえるでしょう。

かつて日本のお家芸だった太陽光発電など再エネは、中国や欧米諸国に押され、日本企業の撤退が相次いでいます。政府は水素社会を世界に先駆けて実現させることで日本経済の復興を目論んでいるわけです。

岸田文雄首相は年末の臨時国会所信表明で「火力発電を水素などに燃料転換するなど、(クリーンエネルギーを)新たな市場を生む成長分野へと大きく転換していく」と意欲を示しました。

日本ガス協会は都市ガス導管の活用を提唱

水素社会に向けたインフラ整備はまだ始まったばかりです。各家庭に水素を運ぶ導管は、東京五輪の選手村になった東京都中央区の晴海フラッグで燃料電池用の導管が敷設されたほか、福島県いわき市の常磐共同ガスが浜通り地方で導管敷設を計画していますが、それ以外はほとんど手つかずに近い状況です。

導管網を全国に敷設するとなると、ばく大な費用と時間がかかります。このため、日本ガス協会は水素に二酸化炭素を混ぜて合成するカーボンニュートラルのメタンを実用化し、都市ガス導管を通じて各家庭へ供給することを提唱しています。

都市ガス導管は電線のように日本全国津々浦々に広がっているわけではありませんが、三大都市圏など人口が多い都市部をカバーできます。日本ガス協会は「都市ガス導管を利用すれば、コストを抑えて水素を利用できる」と期待しています。

製造から運搬、貯蔵といったサプライチェーンは構築に向けた実証実験を続けている段階。水素社会に必要なインフラ整備はこれからなのです。

効率的なインフラ整備に英知の結集が必要

いくら究極のクリーンエネルギーと期待したところで、インフラが不十分では普及が進みません。かといって、利用が伸びない中で民間企業にインフラ整備を求めても、限界があります。岩谷産業は「現在はニワトリが先か、卵が先かという隘路(あいろ)に迷い込んでいる」と話しています。

この状況を打開するには、新技術の開発を急ぐと同時に、最小の投資で最大の効果を上げるインフラの整備に向け、国内の英知結集が必要となりそうです。

高田泰(政治ジャーナリスト)
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