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世界の潮流は脱炭素、政府の長期戦略策定はどうなる【エネルギー自由化コラム】

電力自由化ニュース

地球温暖化防止の世界的枠組みであるパリ協定を受け、政府は温室効果ガス排出削減の長期戦略を検討する有識者懇談会を2018年8月からスタートさせました。2050年までに温室効果ガスを80%削減するという政府目標を今後どう実現していくのでしょうか。

政府は8月、地球温暖化防止の世界的枠組みであるパリ協定を受け、温室効果ガス排出削減の長期戦略を検討する有識者懇談会をスタートさせました。2050年までに排出を80%削減するのが政府目標ですが、1人当たりの二酸化炭素排出量は2016年度で1990年度を1.5%上回り、大幅削減のめどが立っていません。経済のグローバル化が進む中、日本企業の苦戦が続いているだけに、どうやってこの難しい目標を達成するのでしょうか。

有識者懇談会で本格議論がスタート

「温暖化対策は企業にとってのコストではなく、競争力の源泉だ。世界の動きを俯瞰しながら、国際的な潮流を牽引できるビジョンを示してほしい」。首相官邸で開かれた懇談会の初会合で、安倍晋三首相はこうあいさつしました。

懇談会は北岡伸一東京大名誉教授を座長に、進藤孝生新日鉄住金社長、中西宏明経団連会長ら10人で構成されます。事務局として内閣官房のほか、外務、経済産業、環境の3省がスクラムを組み、政府を挙げて長期戦略に取り組む構えを示しています。

月1回程度のペースで会合を開き、2018年度中に提言をまとめる方針。政府は提言に基づき、2050年を想定した「長期低排出発展戦略」を国連に提出します。既に外務、経産、環境3省の温暖化対策について説明を受けたほか、外部有識者として東京大の五神真総長らの意見を聞きました。

パリ協定で加盟国が削減目標を提出

2015年に採択されたパリ協定は、1997年に採択された京都議定書以来、18年ぶりとなる気候変動に関する世界的な枠組みです。気候変動枠組条約に加盟する196カ国が初めてすべて参加しました。

産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑えることが目的。京都議定書では先進国だけが目標を立てましたが、各国に温室効果ガスの排出削減義務を課し、それぞれに目標を提出させる画期的な成果を上げました。ただ、米国はトランプ政権に代わり、パリ協定からの脱退を表明しています。

米国は2025年までに2005年比で26~28%、欧州連合(EU)は2030年までに1990年比で40%の削減を約束しました。中国は2030年までに2005年比でGDP(国内総生産)当たりの二酸化炭素排出を60~65%削減するとしています。

パリ協定でまとまった主要国・地域の削減目標

国・地域1990年比2005年比2013年比
日本-18.0%-25.4%-26.0%
(2030年までに)
米国-14~16%-26~28%
(2025年までに)
-18~21%
EU-40%
(2030年までに)
-35%-24%
中国2030年までに2005年比でGDP当たりの二酸化炭素排出を60~65%削減。2030年ごろを排出量のピークとする
韓国2030年までに何も対策を講じなかった場合の2030年予測値に比べ37%削減

出典:経済産業省「主要国の約束草案(温室効果ガスの排出削減目標)の比較(注)日本は2013年、米国は2005年、EUは1990年と比べた数値を提出

日本の中期目標は2013年比26%減

日本は中期目標として2030年までに2013年比で26%の削減を約束しました。経産省地球環境対策室は「目標が低いのではないかという声もあるが、実際はかなり高い数値」とみています。

これを受け、政府は2016年に地球温暖化対策計画を閣議決定しました。長期目標として2050年までに温室効果ガスの排出を80%削減する方針を打ち出す野心的な内容です。

これを実現させるためのロードマップを描くのが、政府の有識者懇談会ですが、前途には多くの壁が立ちはだかり、決して楽観できる状況ではありません。

日本の二酸化炭素排出量は1990年代の水準

世界の二酸化炭素排出量は欧州を中心に先進国の排出削減が進みつつありますが、中国など途上国では排出量が急増しています。国際エネルギー機関(IEA)によると、2017年の総排出量は325億トン。世界経済が好調で化石燃料の消費が増えたため、前年を2.1%上回りました。最大の排出国は中国です。

出典:温室効果ガスインベントリオフィス「日本国温室効果ガスインベントリ報告書2018年」
国立環境研究所の温室効果ガスインベントリオフィスによると、2016年度の国内二酸化炭素排出量は12億400万トンで、国民1人当たりの排出量は9.49トン。リーマンショックで経済活動が停滞した2009年度より高く、ほぼ1990年代の水準のままです。

1980年代のバブル経済とともに強まった排出増加はバブル崩壊後も変わらず、2007年度まで続きました。その後、リーマンショックでいったん減少しますが、東日本大震災後に再び急増し、2014年度から緩やかな減少に入っています。

欧州に大きく後れを取った排出削減

出典:EDMC「エネルギー・経済統計要覧2017年版」、温室効果ガスインベントリオフィス「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」から筆者作成
しかし、日本の温室効果ガス削減が大きく進んでいるわけではありません。日本エネルギー経済研究所が国民1人当たりの二酸化炭素排出量を各国と比較したところ、日本は米国の6割足らずですが、ドイツ、英国、フランス、イタリアという欧州の大国をすべて上回っています。

日本は1970年代の石油ショック後、企業が省エネに努め、1人当たりの温室効果ガス排出量が先進国最低水準でしたが、排出削減が停滞して2010年でEUと同水準になり、その後逆転されました。

日本経済はバブル崩壊後の「失われた20年」で1人負けといわれるほど国際的な地位を落としました。現在は好況を迎えていますが、グローバル経済の激しい競争下で温暖化対策に本腰を入れるのに経済界は消極的な一面が見えます。この対応の遅れは目標達成の大きな不安要素です。

3省間の足並みに残る乱れ

二酸化炭素排出削減の目標達成に障害となる石炭火力発電所。写真は徳島県阿南市の橘湾火力発電所(筆者撮影)
不安要素はもう1つあります。スクラムを組んだ3省間に足並みの乱れが見られることです。温室効果ガス排出量が大きい石炭火力発電所の建設に批判的な外務、環境の両省に対し、経産省は推進の旗を降ろしていません。

長期戦略でも、経産省は2017年にたたき台となる「長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書」を策定した中で、国内での対策に限界があるとして途上国への技術供与など排出削減への貢献を日本の目標達成に活用する二国間クレジットを提唱しました。

これに対し、環境省はあくまで国内での大幅削減を前提に考えています。2017年にまとめた「長期低炭素ビジョン」では、既存技術をフル活用して国内80%の削減を目指す考えを示しました。

外務省は独自に設置した有識者会議から4月、国内の石炭火力廃止の道筋を示すよう求めた提言を受けました。この提言ではほかに、炭素含有量に応じて化石燃料に課税する炭素税、二酸化炭素に価格をつけて企業や家庭が排出量に応じて負担するカーボンプライシングなどの導入を求めています。今後の調整には曲折が予想されます。

環境保護団体は削減推進を強く主張

こうした動きに対し、国内の環境団体からは世界の潮流に沿う形で長期戦略の策定を求める声が相次いでいます。

WWF(国際自然保護基金)ジャパンは8月、

  • 具体的な省エネ・脱炭素化を産業ごとに検討する
  • 化石燃料や原子力依存からの脱却を図る
  • 再生可能エネルギーを主力とする電源構成の実現

-などを柱とする提言をまとめました。

WWFジャパンの山岸尚之気候変動・エネルギーグループ長は「脱炭素化の方向性を決定的に打ち出すために、再エネ電力目標を35%以上に引き上げたうえ、石炭火力の新増設に歯止めをかけるためのカーボンプライシングを導入するなど、内実を伴う政策の実現と2030年目標の引き上げにも言及することが必要だ」と訴えています。

有識者懇談会の構成にも疑問の声

気候ネットワークの山本元研究員は有識者懇談会について「非公開で議論され、市民代表や再エネ事業者が委員に選ばれていない。多様なセクターからの意見を戦略に反映させようとする意思が感じられない」と批判しました。

戦略内容に対しては「2020年以降に続々と稼働する石炭火力に関する政策的シグナルなしに議論しても意味がない。脱石炭、カーボンプライシングは避けて通れない道でないか」と注文を付けています。

世界の主要7カ国のうち、長期戦略を持たないのは日本とイタリアだけ。政府は今回を脱炭素の流れに乗る最後のチャンスと受け止め、腹をくくった対応を取ることが求められているようです。

高田泰(政治ジャーナリスト)
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