富山県と北陸電力、移住者獲得へ2021年4月から電力料金の割引メニュー【エネルギー自由化コラム】
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富山県と北陸電力は2021年4月から富山県に移住する世帯や移転する企業に対し、料金の割引などの新電力メニューを提供します。移住者獲得や企業誘致の競争を勝ち抜くのが狙いで、移住者世帯向けの電気料金割引メニューは全国で初めて。北陸電力は富山県での実施状況を見たうえで、石川、福井の両県でも導入を検討する方針です。
和田川の水流と放流水を利用して発電
富山県砺波市の南東に端を発し、富山平野を北へ流れる和田川。砺波市増山のダム湖の北端に富山県企業局が保有する庄東第2発電所があります。和田川の水流と上流にある庄東第1発電所の放流水を利用して発電する水力発電所です。
運転開始は高度経済成長期の1968年。小笠原諸島が日本に復帰し、全国各地で大学紛争が過熱した時代から発電を続け、北陸経済の発展に貢献してきました。最大出力は7,400キロワット。プロペラ状で角度を調整できる羽根を持つカプラン水車2台を回し、常時、3,000キロワットの電力を生み出しています。
ダムの近くには越後国(今の新潟県)の戦国大名上杉謙信が越中国(富山県)の戦国大名神保長職を下して手に入れた増山城跡、キャンプ場や運動公園があり、カヌーツーリングの名所としても知られています。新型コロナウイルスの感染が広がる前は毎年、夏になると若者や歴史ファンが訪れていました。
15の県営発電所の電力を新メニューに提供
富山県は北アルプスや飛騨山脈などを水源とする多数の川が流れ、日本でも指折りの水に恵まれた土地です。その水を生かして立山町の黒部ダムをはじめとするたくさんのダムが建設され、水力発電が盛んに行われてきました。庄東第2発電所もそんなダムの1つなのです。
富山県企業局は県内に約20カ所の水力発電所を保有しています。このうち、庄東第2発電所、上市町釈泉寺の上市川第1発電所、富山市八尾町細滝の室牧発電所など15施設で発電した電力を新メニューに提供します。
富山県は北陸電力の筆頭株主で、県営水力発電所でつくった電力のすべてを北陸電力に売電しており、2019年に北陸電力と未来創生に関する包括連携協定を結びました。新電力メニューの創設は協定に基づく電力分野での協業となります。
北陸電力の家庭用プランから5%程度を割引
新メニューの全体名称は「とやま未来創生でんき」。移住者獲得や企業誘致の推進を目指した「とやま移住応援でんき」、「とやま未来投資応援でんき」の2つのプランと環境対策につなげる「とやま水の郷でんき」で構成されます。
とやま移住応援でんきは富山県に移住した世帯、とやま未来投資応援でんきは本社機能を富山県に移したり、富山県内の工場や事業所で設備投資を実施したりした企業が対象です。北陸電力の法人や家庭向けプランから5%程度を契約から1年間割り引きます。割引の原資は北陸電力が負担します。
とやま水の郷でんきは高圧以上で受電する富山県内の企業が対象です。電気料金を通常の法人向けプランより1キロワット時当たり2.2円加算しますが、水力発電所由来の電力を使用していることを示す証明書を交付して環境にやさしい企業であることを企業側がPRできるようにします。
詳細な料金プランは富山県と北陸電力が最終調整したうえで、年内に発表する予定ですが、新メニューは2021年4月から2025年3月までの4年間、供給することにしています。北陸電力は「地域貢献を第一に考え、メニューを提供する。富山県の発展に貢献したい」と述べました。
背景に見える人口減少と少子高齢化の進行
新メニューが登場した背景には、地方が置かれた厳しい状況があります。日本全体で人口減少と少子高齢化の進行が顕著になる中、東京一極集中に歯止めがかからず、地方が疲弊しているのです。富山県も例外ではありません。
富山県統計調査課によると、富山県の推計人口は9月1日現在で103万5,317人です。ピーク時の1998年には113万人近かっただけに、この20年余りで10万人近く減少しました。この間、14歳以下の年少人口が減少の一途をたどり、65歳以上の高齢者人口が増加しています。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年の人口は84万人余りまで落ち込む見通しです。15~64歳の生産人口は約43万5,000人まで減るとみられています。2010年国勢調査と比べると、約23万人も少なくなる計算です。
出典:国立社会保障・人口問題研究所将来推計人口(注)2015年までは実績、2020年以降は予測
移住者獲得競争の中、富山県のPR要素に
人口減少に歯止めをかけるには少子化対策が必要ですが、出産適齢の女性が減少する中、効果を上げるには時間がかかります。そこで、全国の地方自治体が力を入れているのが若い世代の移住者獲得です。
富山県は北陸新幹線で東京都から約2時間の距離になりました。これを受け、富山県と県内市町村は待機児童ゼロ、重要犯罪発生件数全国最少、家賃相場が東京都の半分以下、住宅地平均価格が東京都の10分の1以下など、暮らしやすさをアピールして移住者獲得に乗り出しています。
ただ、移住者獲得には全国の自治体が本腰を入れています。どれだけ暮らしやすさを訴えても、激しい競争を勝ち抜かなければ、移住者を増やすことができません。そのためのPR要素の1つとして移住者向け電力メニューが考えられました。
企業流出の歯止め策としても期待
富山県にとって気がかりな問題がもう1つあります。県内企業の本社流出が続いていることです。民間信用調査機関・帝国データバンクによると、2019年に本社を富山県に移した企業は石川県、山形県、群馬県、兵庫県から各1社の計4社でしたが、本社を東京都や大阪府、新潟県など他の都道府県へ移した企業は8社に上りました。
富山県では2015年、ファスナーや窓、ドアなどを扱うYKKグループが本社機能の一部を黒部市に移し、地域活性化につながる街づくりプロジェクトをスタートさせて話題を集めました。しかし、YKKグループに続く企業がなかなか現れないのです。
YKKグループは創業者が富山県魚津市の出身で、黒部市に生産・研究開発拠点がありました。その縁で本社機能の一部移転が実現しましたが、取引先や消費者、監督官庁が密集する大都市圏を離れて地方へ移る企業は多くないのが実情です。新メニューにはこうした現状打開の願いが込められているのです。
移住や企業移転を考えるきっかけに
この程度の電力料金割引が移住や企業移転の切り札になるとは考えられません。しかし、富山県全体で移住や企業誘致に本気で取り組んでいることをアピールする効果は期待できそうです。
富山県企業局は「今後も県を取り巻く環境は厳しさを増すとみられる。そんな中、新メニューを富山県への移住や企業移転を考えるきっかけにしてもらいたい」と狙いを説明しました。富山県と北陸電力の取り組みに注目が集まっています。
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