波の力を電気に変える、平塚市で波力発電の実証実験がスタート【エネルギー自由化コラム】
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神奈川県平塚市で寄せては返す波の力を電気に変える波力発電の実証実験が始まりました。平塚市と東京大学生産技術研究所が環境省の実証実験に採択され、進めているもので、1年間継続してデータを集め、商業発電としての実用化を目指します。日本は国土が狭いものの、海岸線の長さや排他的経済水域の広さはともに世界6位の海洋大国です。波力発電が実用化されればエネルギー事情を大きく変える可能性を秘めます。
押し寄せる波だけでなく、防波堤で跳ね返る波も利用
発電所名は平塚波力発電所で、東京大学生産技術研究所の林昌奎教授が研究を率いています。施設は平塚市千石河岸の平塚新港に2月、設置されました。防波堤から沖へ約20メートルの海上に広さ約100平方メートルの建屋が置かれ、中に設置された幅8メートルの波受け板が受けた波の力で発電機を回しています。
沖合から押し寄せる波だけでなく、防波堤で跳ね返る波も利用するのが特徴。沖合からの波だけで発電機を回す方式より発電効率を高めることができ、波高1.5メートルで45キロワットの発電を可能にすると考えられています。
波受け板には軽量のアルミニウムとゴムの複合材を活用し、強い波がやってきたときにゴムの一部が変形し、エネルギーを逃がすことができるようにして安全性を確保しました。逆に、波が弱いときはすべてのエネルギーを逃がさないようにする性質を持っています。
洋上風力発電を上回る高効率が目標
東京大学生産技術研究所は岩手県久慈市の久慈港に波力発電を設置していますが、この経験から油圧シリンダーと発電機を接続する部分に改良を加え、発電量を増やせるように工夫しました。
1年間の実証実験では設備利用率35%以上を目指しています。35%という数字は洋上風力発電の目標とされる30%を上回る高効率です。発電能力が実証されれば、現在の1基当たり45キロワットから実用化に必要とされる1基当たり100~200キロワットの発電に向け、視野が広がります。
東京大学生産技術研究所は将来、今回設置した発電システムを複数組み合わせ、より大きな出力の波力発電所を実現させたい考えです。10年後の実用化を目指す一方で、30年後には原子力発電所1基分に相当する規模の波力発電システムを全国展開することも考えています。
平塚市は地域経済への波及を期待
米中央情報局の資料によると、日本は国土面積が世界61位であるにもかかわらず、海岸線の総延長は世界6位です。日本よりはるかに国土が広い大陸国家の米国や中国、オーストラリアを上回っています。排他的経済水域の広さも世界で6位です。
平塚市はこうした海の恵みを波力発電に生かし、新産業創出と地域活性化を図ろうと2016年、東京大学生産技術研究所と協力して平塚海洋エネルギー研究会を設立しました。共同研究部会では波力発電、新産業創出部会では波力発電分野での産業創出と地域活性化について研究を重ねています。
平塚市は神奈川県で有数の工業集積地で、自動車関連産業などさまざまな技術を持つ企業が集積しています。企業の研究所も多数立地していますから、それらを生かして波力発電で地域経済の振興を考えているのです。
平塚市内の企業も実証実験に協力
今回の実証実験には平塚市内の企業が多数参加しています。新しく開発された波受け板の一部は平塚市内に平塚製造所、ハマタイト工場、研究開発センターを置く横浜ゴムが生み出しました。
水中の工事は平塚市内に本社を置く渋谷潜水工業が受け持ち、配線工事は平塚市電設協会が担当しました。このほか、川崎重工業、東京久栄、中部電力、電源開発など日本を代表する企業が参画する中、平塚市内から山川機械製作所、ワイテック、鈴木精機、岡崎電気工事などが協力しています。
平塚市産業振興課は「波力発電を二酸化炭素排出削減につながる新エネルギーとして期待するだけでなく、地域の活性化につながる新産業として育てたい。今回の実証実験に協力した地元企業が中心となり、波力発電で平塚市の産業をさらに発展させてほしい」と期待を語りました。
航路用ブイの電源として海上保安庁が活用
波力発電は波の運動エネルギーを活用して電気を作る技術です。世界中に広まっている太陽光発電や風力発電に比べ、まだ発展途上ですが、エネルギー源となる海が身近に存在するだけに、研究者や電力業界が注目しています。
空気より比重が重い水を使うため、発電効率が高いとされています。理論上は風力発電の5倍以上、太陽光発電の10倍以上ともいわれているのです。風力発電や太陽光発電は気象条件で発電量が大きく増減しますが、海は全く波のない状態になることが非常に少なく、安定した発電を可能にすると期待されています。資源が枯渇する心配もありません。
発電方式は大きく分けて(1)振動水柱型(2)可動物体型(3)越波型(4)ジャイロ式-の4タイプがあり、港湾内などで海底に固定して設置するものと浮遊させて使用する方式のものが存在します。このうち、海上保安庁が設置する航路用ブイの電源として活用されている振動水柱型だけが広く実用化されています。
方式 | 発電方法 |
---|---|
振動水柱型 | 波のエネルギーで空気を動かし、タービンを回す |
可動物体型 | 波のエネルギーを振り子の運動エネルギーに変換、モーターを回す |
越波型 | 貯留池と海水面の高低差を利用してタービンを回す |
ジャイロ式 | 回転する物体が回転軸を一定に保とうとするジャイロ効果を利用する |
建設コストやメンテナンス費用にデメリット
デメリットも存在します。海に設置しますから、潜水作業を伴い、陸上より建設コストが高くなります。海水による腐食が考えられるため、メンテナンスにもコストがかかります。台風の大波や津波などにも耐える必要があります。しかし、これらのデメリットを乗り越えられれば、日本のエネルギー事情に大きな変化を与えられる潜在能力を秘めています。
欧米ではすでに一部、実用化が始まっています。2019年にはベルギー沖の海上に浮体式の波力発電が設置されました。下部構造を海底のアンカーに固定するだけにするなど、設置費用を抑え、工期も短くしています。
設置したのはドイツのスタートアップ企業であるNEMOS社。同社は波の力の70%をエネルギー変換することが可能と発表し、世界の注目を集めています。
日本のエネルギー事情に大きな変化を与える潜在能力
世界で初めて波力発電を稼働させたのは日本で、海上保安庁が1965年に益田式航路標識ブイを採用しました。その後、化石燃料や原子力などに押され、商業用発電に育つことはありませんでしたが、東日本大震災や地球環境意識の高まりとともに注目を高めてきました。
商業発電として実用化に成功すれば、資源小国の日本が無尽蔵のエネルギー源を手にすることになります。今後、平塚市での実証実験から目を離せなくなりそうです。
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